認知症になった母。自分の子供すらわからなくなる現実。姉妹のありがたみを感じた介護。
2018/07/31
私が50歳の時、母は亡くなりました。
鑑定に来ていただく方の中には私と同年代で親の介護で悩んでいる方が増えています。そんな方の心に届けば良いなあ〜と思い私の介護経験を書こうと思います。
私は妹と2人姉妹。
私と両親は電車の駅で4つ離れた所に住んでいました。電車に乗れば15分くらいの距離。近いのに遠い距離でした。
子供が大好きな母。
わかっているのに毎日の生活に追われ電話1本かけるのも明日、明日になっていました。
久しぶりにかけた電話の向こうの母がいつもと違うなって感じた時には認知症の初期。
いつもの優しい母がどんどん居なくなり私の知らない人格が見え始めます。
次に話した時には又、優しい母に戻っている気がしていました。
でも、そこからは話すたびに母なのに母でない現実に気持ちがついていかず落ち込みます。
1人で診ていた父が困惑し弱々しい言葉が口をつきだしてやっと母の認知症を実感。
両親に久しぶりに会うと、どこの老父婦だろうと思うぐらいに老いていました。
本当に頭の中でガーーーーーンと音が鳴り響く。
そこから介護施設に入所。少しでも困った行動をとると電話があり、すぐに駆けつけては謝る。暴れるから拘束することの同意書を書かされる。
仕方ないけど腹が立つやら悲しいやらで帰り道は妹と肩を落として無言で帰った日々でした。
ある日曜日。
主人と母に会いに行くと、主人の顔を見て満面の笑み。
男前やね〜って嬉しそうに話す。布団の上で急に正座をした母の顔が昔の母の顔になる。
主人に「じゅんちゃんは良い子やろ!よく気がついてほんまに優しいやろ!」
「気がつきすぎて神経質なとこがあるからなぁ〜。大事にしたってなぁー」て微笑みながら話したことがありました。
主人が「わかりましたよお母さん」と言って手を握ると又、認知症の母の顔になってしまいました。
認知症になっても子供の幸せを願う母に感謝と自分の不甲斐なさに涙が止まりませんでした。後にも先にも正気に戻って話せたのはその時だけでした。
母に認知症の症状が出てから私の記憶もしどろもどろです。
でも、お母さんとして娘の私の事をいつも案じてくれているのが
一瞬でもみられたことで救われました。
今、介護で辛い思いをしている人が多くいます。
人格がなくなるお母さんを目の当たりにすると体の力が抜けてへたり込んでしまうでしょう。
私たちのことが子供だとわからなくなってもお母さんはお母さんです。
一瞬戻るお母さんの顔を励みに頑張り過ぎず、でも生きて行く私たちが後悔しないように介護してくださいね。
それには、家族の支えが不可欠です。
私は、妹がいてくれることでとても心強かったです。
こんな時だからこそ、いがみ合わずに兄弟と協力することがやっぱり1番の親孝行だと思います。
もっともっとご苦労されて介護している人からすると、まだまだですが私の記憶が薄れて忘れたくないので書き残しました。
最後まで読んでいただいて共感していただければ幸いですm(__)m
介護でお悩みの方、1人で考え込まずにご相談ください!